1948年 9月5日 東京(世田谷区)に生まれる。
1950年 7月21日 父・仲信死去。
幼少時から一人で絵を描き始める。
1954年 世田谷区立三宿小学校入学。
貸本漫画をよく読む。手塚治虫、小島剛夕、水木しげるらの作品を好んだ。
この頃から絵でよく賞を貰うようになる。小学校高学年になると、少年少女世界文学大系を読みふける。
好きな作家は夏目漱石、芥川龍之介、三島由紀夫、宮沢賢治などを好む。映画ではウォルト・ディズニー。
1960年 世田谷区立新星中学校入学。後に笹塚中学に転校。
1963年 私立富士見ヶ丘高校(現在…学園)入学。
男四人に紅一点でフォークバンドを結成、ヴォーカル担当。
<1964年8月、青林堂「ガロ」創刊>
1966年 高校卒業、詩の同人会「しちにん」に参加。
<12月、虫プロ商事「COM」創刊>
1967年 この頃、デザイン事務所に勤める。
雑誌「COM」へ漫画作品の投稿を始める。
1969年 「COM」5月号に『ひだり手の…』が掲載され、以後「COM」誌上に精力的に作品を発表。
1971年 「ガロ」2月号に『ああせけんさま』が入選。
10月、結婚。
1973年 8月、長女もも出産。
1974年 11月、次女ゆう出産。作品の発表を控え、育児に専念する。
1978年 「ガロ」12月号『ときどき陽溜まりで』で復帰。
1979年 「ガロ」2・3合併号より『性悪猫』を連載開始。(〜80年2・3合併号)
1980年 8月、青林堂より処女単行本『性悪猫』上梓。(→90年筑摩文庫、92年筑摩書房『やまだ紫作品集』5巻)
10月、COM時代の初期作品集『鳳仙花』(ブロンズ社)上梓。
この年暮れ、初の個展を吉祥寺ライヴハウス「ぐわらん堂」で開催。
1981年 「ガロ」2・3合併号より『しんきらり』連載開始。(〜84年10月号)
この頃、前夫と完全別居。
10月、短編集『鈍たちとやま猫』(青林堂)上梓。(→92年・筑摩書房)
1982年 8月、『しんきらり』(青林堂)上梓。(→92年・筑摩書房)
1983年 7月、詩人・吉原幸子氏主宰の『ラ・メール』で詩画連載『樹のうえで猫がみている』開始。
11月、『はなびらながれ』(青林堂)上梓。(→92年・筑摩書房)
1984年 6月、『ゆらりうす色』(講談社)上梓。(→92年・筑摩書房)
10月、『続しんきらり』(青林堂)上梓。(→92年・筑摩書房)
1985年 『ゆらりうす色』、にっかつ映画『ベッド・イン』として映画化。
9月、「現代詩手帖」10月号に詩人・井坂洋子氏との合作『共鳴』発表。
10月、漫画+エッセイ集『空におちる』(河出書房新社)上梓。
12月、エッセイ集『満天星みた』(大和書房)上梓。
1986年 この頃、現在の夫と同居を始める。
9月、『しあわせつぶて』(青林堂)上梓。(→92年・筑摩書房)
1988年 3月、『ねこになった少年』(文・征矢清、岩波書房)の絵を執筆。
1990年 「ラ・メール」連載作を詩画集『樹のうえで猫がみている』として上梓。(筑摩書房)
12月、「婦人公論」(1月号)に『Blue Sky』連載開始。(〜92年12月号)
1991年 1月、エッセイ集『東京ノスタルジア』上梓。(フレーベル館)
1992年 2月、筑摩書房より『やまだ紫作品集』全5巻、刊行始まる。
7月、個展『やま猫展』を詩人・吉原幸子氏の書肆水族館(東京・大久保)で開催。
8月、板橋区の自宅近くに仕事場を開設。
10月、『Blue Sky』1巻上梓。(中央公論社、96年中公文庫)
1993年 「ガロ」2・3合併号にて『やまだ紫特集号』。
3月、『Blue Sky』2巻上梓。(中央公論社、96年中公文庫)
1994年 10月5日より、毎日新聞火曜日朝刊・生活家庭欄にてイラスト+コラム「お勝手に」を連載(〜97年10月28日)。
1995年 6月、井坂洋子氏との合作を収めた『夢の迷子たち』上梓。(翔泳社)
7月、人生相談『やま猫人生放談』上梓。(同文書院)
1996年 12月、毎日新聞連載中のイラストコラムをまとめた『お勝手に』上梓。(毎日新聞社)
1997年 3月11日、公式サイト「やま猫SOMETIMES」OPEN!
4月、中央公論社より「マンガ日本の古典」シリーズの21、『お伽草子』(描き下ろし)上梓。
8月、読売新聞夕刊で三田誠広氏の小説「恋する家族」の挿し絵を担当。(〜98年2月)
10月28日、丸3年続けた毎日新聞のイラストコラム「お勝手に」が好評のうち連載終了。
12月、有限会社DIGIPAD(デジパッド)設立。「デジパッド」とは犬や猫の指の「肉球=digital pad」から。
1998年 2月、中央公論社の「マンガ日本の古典」シリーズが文化庁メディア芸術祭マンガ部門で大賞を受賞。
3月、個展『やま猫展W』を池袋PARCOにて開催(3/20〜4/4)。
1999年 大伴茫人著『姫様と紀貫之のおしゃべりしながら 土佐日記』(洋泉社)の挿画を担当。
宜保愛子著『因縁物語』(青林堂)表紙と挿画担当。
毎日新聞社刊「お勝手に」が中央公論新社より文庫版「どうぞお勝手に」として刊行。
2000年 青林堂月刊『ガロ』1月号より「招く猫」毎月8ページ連載(〜10月号)。
10月、やまだ紫オリジナル猫ラベルワイン発売。
12月、中央公論社より「マンガ日本の古典」『お伽草子』文庫版上梓。
2001年 筑摩書房版に描き下ろし・未収録作品を加えCD-ROM版『樹のうえで猫がみている』としてデジパッドより刊行。
2002年 3月、右腎臓の腫瘍(腎血管筋脂肪腫;良性)がみつかり、右腎摘出手術する。
6月、公式サイト「やま猫SOMETIMES」から「やまねこねっと」にリニューアル!
2003年 4月、オブティン・フューチャー発行隔月広報誌「Sara」にカラー2ページの漫画「まどろみの夢」を連載開始(3号まで)
2004年 3月、コスモス短歌会の「コスモス」4月号より毎月詩画集「見上げれば虹」連載開始(連載中)
11月、コミック+エッセイの新刊『愛のかたち』(PHPエディターズ・グループ発行/PHP研究所発売)上梓。
2006年 4月より京都精華大学マンガ学部専任教授に就任。